コロナ禍のドイツ留学記

ドイツ留学にまつわるエピソードを書きます。

渡航前①

こんにちは。パナップです。

本来は2020年9月からドイツに渡航し、1年間留学し、帰国後1年かけて就活、5年で卒業を予定していましたが、コロナにより1年遅れで留学することになりました。その間どのような心境の変化があったのか、何が問題になったのか、現在何をしているのか、帰国後どうするかなどを何本か連続して投稿していきたいと思います。

 

2020年3月にコロナが流行り始め、正直9月までには何とかなるだろうという甘い考えをもっていました。しかし7月ごろに大学から正式に渡航中止の連絡が来ます。その際、問題になったのが、①卒業までのスケジュールの変化、②住居の変更、③奨学金内定の保持、④部活・サークルの存続でした。

 

①に関してはおそらく2020年留学を予定していた人全員が大いに悩んだことと思います。というのも3年の後期から留学を予定していた人にとって、もし3年後期・4年前期までに留学をスタートできなかった場合、5年で卒業しようと思うと留学中に就職活動をする必要があるからです。また留学を完全に諦め、4年での卒業を目指す場合は、その時点で夏インターンなどに申し込み、就職活動をスタートする必要があります。

いずれにせよ今後の方針をすぐに決める必要がありました。私は高校生の時からドイツに留学に行きたいと考えており、留学を諦めることはできませんでした。しかしながら渡航中止の状態がいつまで続くか分からず、就職活動をせずにただ渡航許可が下りるまで待つというのも非常にハイリスクで、本当に2022年卒になるか分からないまま就職活動を続けていました。また同時に、具体的に留学中にやりたいことがあったため、留学を諦めることが苦痛で海外大学院に進学することや一旦就職して貯金した後再度大学院に進み、在学中に留学など他の選択肢も模索しました。

 

②は個人的に運悪くキャンパス移転のため寮を出る必要があり、いつまで日本に居るかによって、住居の決定に大いに影響が出る状態でした。(半年しか住まない場合解約金がかかる可能性がある)また度重なる緊急事態宣言によりアルバイトの収入が大幅に減っていたため、私にとっていかに安く引っ越しや家賃を安く済ませるかというのは重要な問題でした。

 

③についても、奨学金の内定をもらっていた人にとって気になる問題だったと思います。私の場合2セメスター間で留学を予定していたのですが、最初に予定していた2セメスター目も留学ができないと判明すると(1月ごろに通知)、内定を来年に持ち越せる奨学金(A)と内定が無効になり、1から申し込みが必要になる奨学金(B)の2つのタイプに分かれました。

私の場合は、Jasso(B)、某保険会社の内部留学奨学金(A)、業務スーパージャパンドリーム(A)から奨学金の内定をもらっており、本来はJASSO(月8万円)と保険会社の奨学金(月8万円)で留学に行こうと考えていたのですが、2度渡航が中止になった段階で今後在学中に留学に行けることはほぼないだろうと悲観していたため、もう一度最初からJASSOに申し込むことはあまりにむなしくてできませんでした。その時点で保険会社の奨学金業務スーパー奨学金になるのですが、業務スーパーは他団体の奨学金との同時支給ができないため、より額の大きい業務スーパーからの奨学金(月15万円)をもらうことになりました。また保険会社からの奨学金は通常時も2学年からもらい続けていたのですが、留学後の5年でも奨学金をもらえるということを聞いていたのですが、その条件は最短修業年数以内に留学を終えることであったため、4月後期から5年前期まで留学する私は対象外となりました。

 

④は②と同様キャンパス移転により、部活動の場所がなくなったため起きた問題です。次のキャンパスはグラウンドや体育施設がなく、私が所属していたのは学部の体育会系部活動だったため、他キャンパスでは優先順位が下がり、体育施設を予約することができないことが予想されていました。これに関しては留学にさほど影響はないですが、コロナのため直接OBさんと会うことができず、なかなか廃部への理解を得ることができませんでした。そのため渡航ができないその時、自分も主体的にその問題に取り組む必要がありました。

 

コロナによって以上のような問題が発生し、先行きが見えない状態であったため、日々考えが変わったり、自分の中でも最適解がなかなか見つかりませんでした。